成功は「運」という言葉だけで片付くものではない

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世に成功者と呼ばれる方はたくさんおられますが、インタビュー記事などで成功の秘訣を聞かれて「たまたま」だとか「運が良かった」などと答えているのを見かけることがありますね。

 

でもそういう言葉を聞くたびに何故か違和感を感じてしまうんですね。

 

もちろんご本人は謙遜のつもりで言っているは理解出来るのですが、この違和感はいったい何だろうといつも思っているわけです。

 

確かに「運」は成功するひとつの要因ではあると思います。

 

ナポレオン一世は部下に重要な任務を与えるとき「お前は自分が運がいいと思っているか?」と質問したそうです。

 

人との出会いや仕事との出会いにおいて「運」は必要なファクターですね。しかし成功者と言われる方々は決して「運」だけに頼っていたわけではないと思います。

 

あるドラマのセリフで「成功する人としない人は何かが違うんです。才能でも努力でも何でもいいんですけど何かが違うんです。そうじゃなきゃ困ります。運が良かっただけなんて言われると、じゃあ私は運が悪かったって運のせいにすればいいんですか?それじゃ諦めつきません。何かが足りないんです私には」

 

これを聞いたときはなるほどと納得しましたね。

 

例えば堀江貴文さん、その言動で何かと物議をかもす方ですが起業当時はずっと会社に泊まりこんで仕事漬けの日々を送ったそうです。

 

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堀江さんは著書の中で。

人は何かに没頭することができたとき、その対象を好きになることができる

 

そう表現しています。そしてさらに。

心の中に好きという感情が芽生えてくる前に必ず没頭という忘我がある。無我夢中な体験だ。没頭しないまま何かを好きになるなど基本的にありえないし、没頭さえしてしまえばいつの間にか好きになって行く。 

 

 やはり何もかも犠牲にして目の前のことをやり抜いたからこそ、成功の扉は開くんですね。

 

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また幻冬舎の見城徹さんは。

何かがうまくいっているときに人は「運がいいよね、うまくいっちゃって」というけど冗談じゃないよ。俺はあなたの百倍血のにじむような努力をしてるんだって言いたい気持を抑えて飲み込むんですよ。だから「これほどの努力を人は運という」という言葉が好きなんですよ」

 

それを見城さんは「圧倒的努力」」という言葉で表現されています。

圧倒的努力とは単純なものである。人が寝ているとき寝ないってこと。人が休んでいるときに休まないってこと。そしてどこから手を付けていいのか分からない膨大なことに手を付け最後までやり通すことだ。 

 

お二人の答えはすごく明快ですね。明快ですが嫌味がないと感じるのはやはり迷いなくそれを成し得た人の言葉だからでしょうね。

 

「没頭」して「圧倒的努力」をする。人間にはそんな時期が絶対に必要だ。そんな風に心に突き刺さった言葉でした。

 

 

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

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編集者という病い (集英社文庫)

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